幻の船着き場について

幻の「川からのアクセス」構想


「上野の山、取手の川」構想の挫折と行政の壁

日比野克彦(現東京藝術大学学長)のビジョン

キャンパスが位置する小文間(おもんま)地区は、利根川と小貝川に挟まれた水辺の豊かな地域であり、この自然環境こそが最大の資源である。上野の藝大が掲げる「上野は山(上野公園)」に対して、「取手は川(利根川)」というキャンパスの土地性を藝大は理解し、かつ積極的にそれを前面に出そうとしたことがあったという。
(2025.11.26佐藤清氏 受勲記念講演会 「大地と人の心をつないだ40年:東京藝大取手キャンパス創設秘録」の際の筆者の質問より詳細が明らかになった。)


まだ全貌を把握していないものの、現在取手市にある利根川の渡し船「大堀の渡し」の港を延伸して藝大のキャンパスの側の川べりに設置する予定で、川からの大学へのアクセスという計画が立てられていたことは確かなようだ。



国交省との調整不足による失敗

かつて(~2020年ごろまで?)、大学側(日比野氏ら)主導で、キャンパス眼下の利根川河川敷を利用するプロジェクトが持ち上がったことがあった。


  • 管轄の問題:
    河川敷は国土交通省(当時は建設省)の管轄であり、佐原にある利根川下流河川事務所が管理している。
  • 手続きの不備:
    大学側が熱意を持って国(省庁)へ企画を持ち込んだものの、地元自治体である取手市への事前相談や連携が欠けていた。
  • 信頼の欠如:
    当時、市議会議長を務めていた佐藤氏は、市を通さずに国と直接やり取りが進んでいたことを後から知り、「地元を無視した計画はうまくいかない」と痛感したという。結果として、この河川敷利用計画は、縦割り行政の壁とコミュニケーション不足により頓挫した。

現在、東京藝術大学取手キャンパスの側の利根川の川べりにはこの計画の工事のための仮設の港(コンクリート製)が未だに残っている。現在は草生してはいるものの、上空からは確認できた。